「Sailing days -3」
俺とナミさんとクソ腹巻は、クソジジイのヨットで何度目かのミニクルージングを経て、
今このビーチでで天丼食ってたりなんかする。
「さっすが、サンジくんねー。得意なのは洋食だけかと思ったら、こんな純和風な物まで美味しく作っちゃうんだもん。」
「この俺に作れない料理は無いって言ってんでしょ、ナミさん。君の為ならいつでもこの腕を最大限に振るわせて頂きますって。」
「リクエストしたのは俺だがな。」
ガフガフと天丼をかっこみながら、ゾロがぼやく。
どうして、こいつってばいつも俺とナミさんの邪魔するわけよ？
いつだって俺とナミさんがバラティエに来る前に、この船に乗り込んで昼寝してやがって。
ちったーまともガッコ行けっての。
第一このヨットは俺の親父の船だっつーの。
ナミさんもさー、せっかく俺と二人きりになれる機会だってのに、どういう訳かこのバカを買ってて、力仕事を任せてるし。
「しっかしこんな無人島で天丼食えるとは思わなかったぜ。」
「おめえが食いてーっつったんだろうが。」
俺たちの住む町は内海に囲まれてて、無数の小島が浮かんでる。
中には人が住めない程小さい島もあって、みかん畑だけの島やら、満潮になれば沈んでしまう島なんてのもある。
そんな小さな島は大概が誰かの持ち島なんだけど、年がら年中、島を見張っているわけじゃないから、
それこそ小さなヨットでもあれば簡単に上陸できちゃうわけ。
そんな名も無い島の小さな浜で、今俺たち３人で天丼食ってたりするわけよ。
それというのも・・・
『ナミすわん！魅惑のランチクルーズ、何かメニューのご希望は？』
『そうねえ、私食べられりゃ別に何でもいいタイプなんだけど。』
『天丼。』
『おめえにゃ、聞いてねーよ！』
『天丼？そんなものアウトドアで食べられるのかしら。』
『俺に作れねえ料理は存在しないぜ、ナミさん。』
『じゃあ、天丼に決まりだな。』
『だから！おめえにゃ聞いてねーっつってんだろ！』
『でもねえ、セイリングで消耗した体力を回復するにはいいかもしんないわね、それ・・・』
の一言でフライヤーを船に積み込み、海老と白身魚をクーラーボックスに入れて船出したわけよ。
そんでもって３人で天丼をかっ込みながら、浜でワイワイやってる。
こんな和気藹々とした雰囲気を味わうのは、俺もゾロももちろんナミさんもおそらく初めてなのだろう。
はみ出し者の俺たちだから。
ナミさんは綺麗に箸を進めながら、俺に視線を向けた。
「サンジくんてさー、本当にお料理上手よね、将来はコックさんになるんでしょ？」
「え？俺？うーん・・・よくわかんねーな。」
「料理人志望じゃないの？あんな大きなレストランの長男なのに。」
「そこがこいつの屈折した所だ。」
ゾロは半分以上顔を丼に突っ込んだままだ。
「屈折って？」
ヘイゼルの瞳をくりくりさせるナミさん。
「・・・俺、自分で料理人になりてーのかどうかよくわかんないんだ。
そりゃ料理は好きだし、一流の料理人になりてーなって思うときもあるけど、
親父の店を自動的にほいほい受け継ぐのってなんだかなーって。
料理人以外の人生ってのもありだと思うし・・・」
「ふーん、サンジくん、将来のことで悩んでるんだ。」
「まあ、そんなとこ。」
俺とゾロよりも一学年下のナミさんは全般的にしっかりとした意思を持った女の子だ。
先のことであれこれ悩んでいる俺のことはじれったく見えるかもしれない。
「でも、サンジくんお料理好きなんでしょ、だったら一流を目指しったっていいじゃない。サンジくんならやれるわよ。」
「・・・・。」
一流の料理人、それはあのクソジジイのことだ。
あれを超えなきゃ俺は一流にはなれない。
一流になれないなら・・・料理に拘って生きる人生なんて大して意味無いような気がする。
俺にとってクソジジイは、悔しいけれど、超え難い壁だ。
「でも俺、ガキの頃から店の手伝いさせられて、他の事まるで知らないんだぜ。やっぱそれだけじゃつまんねーような・・・」
「他の事なんか社会へ出てから嫌でも経験できるわよ。私、サンジくんがお料理好きならがんばってほしいって思うもん。」
俺は顔を上げてナミさんを見上げた。
自分のことでもないのに、必死に俺に助言してくれてるんだ。励ましてくれてんだね。
「要はこいつは怖じけてたんだ、親父以上の料理人になることは到底不可能だってよ。」
喉の奥を鳴らして、ゾロが呟く。
さすがにこいつは付き合いが長いだけあって、俺のことをよく知っていやがる。
自分にも隠し続けた本心を口に出され、俺は正直むっとした。
「言ってくれんじゃねーか。」
「本当の事だろうがよ。」
俺とゾロの間で嫌な空気が流れる。
殴り合いの５秒前だな。
二人とも丼を置いて腰を浮かした。
「ああ！てめえ、何しやがんだ、俺の海老天。」
「モグモグ、うん本当美味しいわよ、サンジくんの天ぷら。」
「な、ナミさん？」
ゾロがナミさんの両肩を掴んだとき、ゾロが最後の楽しみに丼に残しておいた海老天はナミさんのかわいいお口に消えていた。
「てめ、ナミ！返せ、俺の海老天。」
「はい、返すわよ。」
プッとゾロの手のひらに吐き出したのは、
「尻尾じゃねーか、なめんな、こら！」
「うるっさいわね、海老天を最後まで残してるからてっきりいらないのか思って。」
「ばかやろー！最後の楽しみに大事にとっといたんじゃねーか！見ろ、俺の飯はそのために適量残してあってだな。」
「剣士がそんなケチくさいこと言うんじゃないわよ。」
「なんだとー！！！」
恐るべしナミさん。俺とゾロの喧嘩を未然に防いだのは、これまで誰一人いなかったのに。
そういえば、最近はゾロとよく話をするようになったな。
間にナミさんがいてくれるお陰だろう。
腹を割って話せばこいつもまんざら、嫌な奴でもないんだ。
何たって俺は嫌な奴とは１秒だって一緒にいられないタチなんだから。
「ああ、美味しかった、ご馳走様、サンジくん。やっぱサンジくんは料理人向きよお。」
「いやあ、ナミさんに喜んで頂けるなら俺はもうそれだけで。」
「ううん、充分一流になれるわよ、第一サンジくんから料理を取ったら何が残るの。」
「スケベが残る。」
「うっせい！！」
ひょんな所で接点を持った俺たち３人だけど、これまで経験したことのない穏やかな時間を共有するようになっていた。
友達っていいもんだなって何となく思う。
ガラでもねーや。
でもガキの頃から年上のコック達の足元をかいくぐるようにして育ってきた俺としては、すごく新鮮な感覚だ。
「俺のなんか事よりさ、君の事聞かしてよ、ナミさん。将来の夢とかあんの？」
「え？私？うーん、そうねえ・・・内緒、言うと減るから。」
「減るかよ。」
天丼に喰らいつきながら他愛もない会話が続く。
俺たち３人の間をすり抜けていく潮風は今はまだ冷たい。
穏やかな白波はしばらくは安定した天候と、順風を伝えていた。
「そういうあんたは？ロロノア先輩。」
「・・・・。」
「ああ、ナミさん、こいつは聞くだけ無駄。頭ん中剣道だけで、家の道場継ぐこと以外なんも考えてねーんだから。」
「へえ、剣道一筋ってわけ。そりゃご苦労様だこと。」
「・・・お前らにゃ判らねーよ、世襲ってのはな、継いだ後が大変なんだ。」
珍しくゾロが自分のことを語った。
こいつの家は明治の初めだか、江戸時代の終わりだかから代々伝わる剣道の古流派を伝えている。
番茶を啜りながら、目を伏せる姿は確かに俺たちには、理解の及ばない意識を抱えているように思えた。
高校生活をあと１年で終える俺とゾロ。
一つ下で秀才のナミさん。
もしかして俺たちは今、３人共、同じような位置に立っているのかもしれない。
人生で二度とない季節を今、共に過ごしているのかもしれない。
どつきあいながら、つっこみ入れながら、時に笑い合いながら。
ずっとこのままでいられたらいいなんて、思った瞬間に時計の針は進んでいくんだ。
丼を綺麗に食い尽くし、俺たちは帰路に着いた。
クソジジイのヨットを操りながら海上レストランバラティエの外観が視界に入ると、ナミさんは腕時計を見た。
「うーんと・・・このコースで３６分か。うん、これならいけそうだわ。」
「ああ、何が？」
「え？俺とナミさんがうまいこといけそ・・・いで！」
ゾロが持っていたデッキブラシで俺の足の甲を思いっきり押さえつけた。
冗談だってのに、いちいちつっかかんなよ。
「これよ♪」
たっぷりと開いたＴシャツの胸元からナミさんは、一枚の紙切れを取り出した。
指先に挟んでひらひらさせる。
「ん？」
「何だ、そりゃ？」
ナミさんは俺とゾロにその紙切れを見せた。
魅惑的な胸元と一緒に紙切れを覗き込む俺とゾロ。
ナミさんはフフンと口元から笑みを漏らした。
「ちょうど今から２ヶ月後、７月２９日にね、この海で市長主催のヨットレースがあんのよ。
種目は”ディンギーオープン”これならゾロも出られるわ。入賞は５位まで。
どお？やって見る気無い？」
「「ヨットレースって、こいつと？」」
俺とゾロはお互いを指差した。
「このレースは二人以上での参加ってことになってるからね。
私は最初サンジくんと二人でダブルハンドでも・・・と思ってたんだけど、
力が余って昼寝ばっかしてる筋肉バカがいるならそれも好都合だわ。」
ダブルハンド、クルー二人で船を操ること。
ナミさんが当然舵取りで俺がセイル担当、絶対それが良かったのに・・・
「けどナミさん、俺ディンギー持ってないぜ。」
「うん、それは大丈夫。私の知り合いのゲンさんが貸してくれると思うわ。」
「おい、ディンギーって何だ？」
そんなことも知らねーのかよバカまりも。やっぱナミさん、俺と二人で出ようよ。
「ディンギーってのは機械的な動力のついてないヨットのことよ。
純粋に風だけで進む船のことね。その分安定性も低くて、操船は難しいわ。
でも小型船舶免許がいらないから、あんたでも出られるってわけ。
このレースはね、土地のヨットマン育成の為に、市長の名前で開催される草レースだから出場はジュニアの方が多いと思うわ。
まあ、地元大学のヨット部がいっぱいエントリーしてるわね。
要するに海辺の街、マリンスポーツのできる街として観光アピールすんのが目的ね。」
それから、大学生の地元密着、若者の東京行きを食い止めるためのイベントか。
「どお？私達３人で何か大っきいことしてみない？」
俺たちを挑発するナミさんの瞳がキラリと光った。
「俺がナミさんの提案を断るわけねーだろ。」
何だかわくわくしてきた。まるで小学生のチビみたいに胸がドキドキする。
何かすげえことが起こりそうな予感がする。
「あんたは？ゾロ」
ゾロは腕組みをして考え込んでいたが、俺とナミさんを交互に見て、口を開いた。
「付き合ってやろうじゃねーか。どうせ暇だしな。」
「じゃあ、決まりね。今日から私達はチームってわけね。じゃあ、よろしく。」
ナミさんはニヤッと笑うと軽く右手を上げた。
俺とゾロもそっと右手を上げる。
ナミさんは俺たちの手を続けざまにパンパンと叩いた。
きれいな乾いた音が甲板に響く。
波間に光が反射して、ナミさんの素肌をきらめかせた。
女臭さを感じさせないのに、何よりも光って見える。
付き合うぜ、ナミさん。
俺たちみたいなはみ出し者でも、人生に一度か二度くらいぱっと目立つことをやってみてえじゃねーか。
近頃うつうつとしてた身体が疼きだす。
そして何よりも俺は君の力になりたい。
君の望みを叶えてやりたい。
潮を操り風を読み、魔法みたいに船を操るナミさん。
君みたいな女の子に出会ったのは初めてだ。
まるで海の女神様みたいに光輝く君をもっと見たい。
ロロノア・ゾロには負けたくねえ。
ひょんな事からこのマリーナに集まった俺たち３人、
それぞれが色んな思いを胸に抱え、一つの目標に向かって走り始めた。
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