「Sailing days-13」



夏以来一日も通学しないまま、俺は高校に退学届を提出した。
二人の姉は高校くらい卒業しておけと散々俺を説得したけど、全く相手にしなかった。
親であるクソジジイが俺の中退に何の反対もしなかったからだ。
俺が何故高校を辞めるか、きっと判っていたせいだと思う。
たとえ、これから真面目に学校へ行ったとしても出席日数が足りなくて、卒業は無理。
もう一年このクソ学校に通うなんて馬鹿らしい真似はしたくねえ。
そんなくだらねえ時間をとられるくらいなら、一品でも新しい料理を覚えて、一人前になりたい。
一流の料理人になりたい、一日でも早く。
その為に学校は不要以外の何物でも無いと考えた。

退学届を出したその日、多分一生に一度の事だろう、親父の足元に這いつくばって土下座をした。

「何の真似だ。チビナス。」

休憩時間の客室で新聞を読んでいたジジイは、怪訝な顔で俺を睨み据える。

「オーナー、お願いします、・・・俺をこの店のコックとして働かせて下さい。」

俺の言葉と行動に周りにいたコック達がざわめきだした。
俺は毎日誰よりも早く仕入れに行き、店で一日中料理を作ってる。
どこから見ても誰が見てもこの店のコック以外の何ものでもない。
それでも通学しながら店を手伝っている時と同じに、正式の従業員になったわけじゃなかった。

「てめえみてえな半端もんが本気でうちのコックになれると思ってやがんのか。」

いつもよりきつめのジジイの声が俺の頭の上から響いた。
息を飲み込み、呼吸を整える。
ここでひるんでたまるかってんだ。
俺にはもう料理しかないんだ。
床に手をついたまま顔を上げるとそこには俺の父親ではなく、
レストラン経営者オーナーゼフが、俺を睨みつけていた。
傍に立つコック達も状況を見極めようとオーナーを取り囲み、俺を威嚇した。

「もう、半端はやめる。本気で一流の料理人になりてーんだ。」
「この店の掟は知ってんだろうが。」

もちろん知っている。
俺はこの店で育ったのだから。

「この店は経験の無い者をコックとして雇わねえ。
　よそで叩かれた奴でなきゃ、うちのコックは勤まらねえからだ。
　どうしてもこの店で働きたいという新米は５年鍛え上げて外へ出す。
　よその料理を知らん者は、料理人として半人前だからな。」

それはこの店が開店したときからオーナーが貫いている姿勢だった。
基本的に他店での経験が無い者をバラティエは雇わない。
熱意を汲んで新人として雇っても、店の厳しさに音を上げて５年の間我慢できた奴は
俺の知る限り、一人もいない。

「俺は確かにこの店以外何も知らねえ若造の半端モンだ。
　でも俺はどうしてもこの店で働きてえ、一流になりたいんだ。」
「口だけは一流だな。」

父親であるオーナーは軽く言い放つ。
俺にはこの店のコックは勤まらないって？
俺だって、１０歳でこの店に来てから、遊んでいたわけじゃねえ。
俺は、どうしても、どうしても・・・この店でコックになりてえ。
コックになる為に高校を辞めたんだ。
諦めるわけにはいかねえ。
鋭い視線を絡ませる俺とクソジジイの間にパティが割って入った。

「失礼、オーナー、サンジの実力はご存知の筈ですぜ。
　今更こいつをうちのコックとして認めないなんざ、意味のねえ事に思えますが。」
「てめえは黙ってな、パティ、こいつは親子の問題だ。」

ジジイはパティをどやしつける。
パティの言を継いだのはカルネだった。

「いやあ、これは店の問題だ。サンジに他店での経験が無い以外、
　何の不満があるんですかい？オーナー。」

こいつがクソジジイと違う意見を言うのを初めて見た。
コック達はみなパティとカルネに賛同し、俺を認めることを支持してくれた。
問題はこのジジイだけだ。

「け、いつの間にか、こいつらを手なづけやがって。」

ジジイの背後でコック達がクスクス笑う。
皆ジジイの性格を判っているからだ。
たとえ、それが正論だとしてもこと俺に関しては、難癖つけずにはいられない。
最近になって判ったんだけど、それは俺のやることが、自分の過去の姿に似ているかららしい。

これまで見てきた中で一番苦い物を口に含んだ様子の俺の父親。

「仕方ねえ、丁度今殺人的な人手不足だからな、・・・雇ってやろうじゃねえか。
　ただし、条件がある。」

俺は床に這いつくばって膝に両手をついたまま、ジジイの言葉を待った。
どんな条件でも飲んでみせる。

「まずはだ、てめえにゃそれなりのキャリアがあるつもりだろうが、
　今から下っ端としてこいつらの下につけ。もちろん口答えは一切無しだ。
　それがプロの厨房ってもんだぜ。
　これまでのように、こいつらを見下すような態度がちっとでも見えた日にゃ、
　二度と店には出入りさせねえ。」
「oui monsieur」
「それから、すぐにでも調理師免許と運転免許を取れ。
　無免でまた事故られたらたまんねーからな。」
「oui」
「免許を取ってヨソへ出しても恥ずかしくねーだけの実力を身につけたら、てめえは一度この店を出ろ。
　外で修行を積んで、俺の口に合う料理を並べられりゃ、
　この店の正式なコックとして認めてやろうじゃねーか。
　それができなきゃ、この家にも店にも、てめえのいる場所はい１ミリたりとも無いと心得ろ。
　どうだ、この賭け乗るか？」

ジジイに認められるだけの料理を作れなければ、店どころか帰る家もねえってことか。
やってくれるぜ、このクソジジイ。

「乗る。」
「フン、おめえはバカだ。」

俺に一瞥をくれてジジイは椅子から立ち上がった。
大きな身体を揺らして、客室を出ていく。
その背中を全てのコックが見守った。
俺は、直立して腰を折り、オーナーの退室を見届ける。
そのままジジイは一度も俺の方を振り返らずに、ドアの向こうに消えた。
背中にこれまで感じたことのない戦慄が走る。
いまこの瞬間、俺と親父の闘いが始まったんだ。
緊張感に固まった俺の肩を誰かがぽんと叩いた。
顔を上げると、ちょっと困ったようなパティの顔。

「サンジ、まあがんばれや。お前ならあっという間に、俺たちを超えるコックになれる。
　そのことが俺ァ、これまで気に食わなかったが、・・・これからは仲間だ。」
「よろしくお願いします、・・・・パティ、・・・さん。」
「け、胸くそ悪ィ。」

パティは照れて、そっぽを向き、そのまま厨房に戻っちまった。
代わってカルネが肘で俺の脇腹に一発入れる。

「ま、そう、卑屈になることぁねえ。
　一流の料理人に必要な物は、まずプライドだ。」

カルネの言葉に少し心が楽になる。
俺はこれまで彼らの料理人としてのプライドを散々傷つけてきた。
ろくな経験もないくせに、勝手な言い草で。
この店は俺で持っているんだという態度を露骨に出していた。
その生意気な態度を子供の戯言と受け流していたのは、彼らの大人としての配慮だ。
今暖かく仲間として迎えてくれる彼らに俺は一生頭は上がらない。
厨房に入れば、上下の世界だ。
もう生意気なオーナーの子供じゃない、一人の新米コックだ。
これからの自分に何が襲いかかるかは、よく判っている。
厨房のドアからパティが顔を出し、俺とコック達に檄を飛ばした。

「おう！午後の仕事始めんぞ！そこの新入りも、もたもたしてんじゃねえ！」



＊＊＊＊＊＊＊＊＊



コックになる為に俺に出された条件を聞いて、ティティ姉ちゃんは悲鳴を上げた。
立派な料理人になれなかったら家を出ろなんてあんまりだと。
親父にしてみれば、自分の眼鏡に合わず、コックになりそこねた負け犬など、
同じ家で息をするのも耐え難い、有無を言わさず出て行かせるとの一点張り。

「大丈夫、心配しないで。俺負けねーから。」

そう言って次姉を安心させはしたものの、
料理修行に加え、調理師試験の勉強、更には語学の習得という付加条件には正直へこみそうになった。
他店に修行に出た際、契約する相手が日本人とは限らない。
仏語はこれまでの聞き覚えじゃなく、ちゃんと読み書きや会話が完璧にできるように。
英語は契約書の内容が理解できる程度まで、習得するようにと申し渡された。
仏語は独力でやれば何とかなるが、ろくに学校に通わなかった俺に今さら英語とは・・・
見かねてハワイのレストランに８年いたというカルネが時間を見つけて教えてくれるようになった。
とにかく、机につく時間は学校へ行ってる頃よりも格段に増えたわけだ。

その夜も机に向かい、辞書を片手にカルネが置いていった英字新聞と格闘していた。

「ぐわあ！ちくしょう！さっぱり判んねえ！」

深夜の自室で机に向かい、シャーペンで金髪をガリガリ掻きあげる。
こんな姿かっこ悪くて女の子には見せらんねえな。
もっとも梅雨時に彼女と別れ、ナミさんにフラレてから、
恋人なんか作る余裕は時間的にも精神的にも持ち合わせてはいなかったが。

カツン・・・

俺の自室の窓ガラスに小さな衝撃音が伝わった。
風かな？
大して気にもかけず、また新聞に目を通す。
読めねえアルファベットの羅列なんて、文じゃねーよ。
暗号だぜ、暗号。

カッツン・・・

さっきよりも少し大きい衝撃音。
２階の窓まで物がまきあげられるほど、今夜の風は強くない。
誰かのいたずらだろうか？
人がムカついてるときに・・・

・・・ゴッツン！

何〜！？
今度はしっかり窓を見た。
ガラスに小石が当たって落ちた、明らかに人為的に。
英字新聞を放り投げ、シャーペンをかなぐり捨てると、俺は窓をガラッと全開。
次の瞬間俺の右足は開け放たれた窓枠の上に乗っていた。

「てめえ！どこのどいつだ！！ふざけた真似すると地の果てまで蹴り飛ばすぞ、
　喧嘩売ってんのか！？クラッ！」

外から俺の部屋を見上げた男は、４個めの石を投げようとする動作を止める。

「よう。」
「ゾロ、おま何やってんだよ、んなとこで。」

俺の部屋に石を投げていた奴はゾロだった。
この辺りでは大げさなダウンジャケットをすっぽり羽織り、寒そうにたたずんでいる。
１２月の深夜、一体いつからそこに立っていたのか。
俺が退学届を出したあとにゾロは国体開催地から戻った。
ずっとすれ違い続け、夏くらいからほとんど会っていなかった。

「お前にちょっと聞きてーことがあってな。」
「へ、俺はお前と話しなんざしたかねえ、んじゃな。」

あっさりと窓を閉めようとすると、又ゾロは投石を開始しようとする。
しかもその石は、

「おま、その石投げようってんじゃねーだろうな！」
「だってよ、お前、ちっとも顔出さねーから。」
「・・・だからって、その漬物石大は、うわ、ちょっと待て！今下りてくから！！」

顔を見ると文句の一つも言いたくなる。
俺が文句を言った所でナミさんを苦しめるだけだから、極力こいつとの接触は避けていたってのに。
口の中でブツブツ言いながら、皮ジャンを羽織った。
ジジイを起こさねえように、そっと家の玄関を出た。

「・・・久しぶりだな。」
「ああ、二度とてめえの顔なんざ、見たくなかったのによ。」

ゾロは何から言ったらいいのか判らないようで、つい差し障りのなさそうな言葉を吐き出す。
暦は師走に入ったばかり、深夜の道路端は冷え切って息が白い。
俺はポケットから煙草を取り出して一本咥えると、ライターの音を響かせた。
ほのかな灯りがぽっと辺りを照らして、無愛想なゾロの顔を浮き上がらせる。

「何でえ？聞きてーことってよ。」

ナミさんのことか？
だったらてめえはまっすぐにナミさんとこに行けよな。
俺はカヤの外なんだから。

「・・・小腹減っちまって、ラーメン食いてえなと思って。」

カッチーン！

「うちゃ、ラーメン屋じゃねーぞ。他当たれ！くされまりも。」
「・・・・ラーメン屋、・・・どっちだったかと。」
「知るか！一晩中徘徊でもしてやがれ。」

やってらんねえ、こいつに付き合う理由は俺にゃ無え。
大体極度の方向音痴のこいつが行ける場所は、自宅と学校と俺んちだけだ。
だからって俺がお前をラーメン屋に連れてってやる謂れはねえぜ。
下手くその無責任男め、こいつのせいで、ナミさんは、ナミさんは・・・
俺はゾロに背を向けて、玄関の門扉をガシャンと閉めた。
シャットアウト。

「仕方ねーな・・・」

振り返るとゾロが手にしてたのは、ラグビーボール大の、

「わー、よせ！その石で俺んちに何する気だ、おまあ・・・！



＊＊＊＊＊



「さすが、コックだな、いい店知ってやがる。」
「け！大した店でもねえぜ、中の上ってとこだな。」

我が家に大穴を開けられることを恐れた俺は今ゾロとラーメン食っていたりする。
草木も眠る丑三つ時。
ゾロはねぎラーメン、俺はシンプルに醤油ラーメン。
やっぱバカだぜ、こいつは。こんな深夜はごくあっさりと醤油か塩って決まってんのによ。
カウンターに並んでズルズルとラーメンを啜る若い男が二人。

「しかし、驚いたぜ、学校に戻ったらお前は退学してるし、
　・・・ナミも退学するつーしよ。」
「聞いたか？」
「・・・ああ聞いた。」
「お前の子なんだろ？」
「ああ、多分な。」

ああ多分だと？クソムカつく奴だぜ。
確かナミさんもそんな言い方をしていたが。
ナミさんは高二の２学期を終えると学校を辞める。
その理由を彼女は僅かにせり出してきたお腹を隠しもせず、『一身上の都合』と笑顔で言い切った。
俺とナミさんの退学が一月と離れていないから、
学内ではお腹の子の父親は俺じゃないかとの噂がまことしやかに流れた。
そんなことが風の噂に聞こえてきても今の俺にはどうでもいいことだ。

「ナミの奴、間違っても俺の子じゃねーだと。よく言うぜ、あいつ。」
「お前まで退学にしたくねーからだろ、Ｗ大の推薦取れたんだってな、おめでとさん。」

思いっきり皮肉を込めて、言ったつもりがこいつには伝わっているんだか、いないんだか。
その証拠にズズズっと音を立ててスープを吸い込んだ。
ゾロを横目で見ながら、俺もメンマを口に運ぶ。
本当に何で俺が今更こいつとラーメン食ってなきゃならないんだろう。

「お前、本当にこれでいいと思ってんのか？
　本気でナミさんに一人で子供産ませるつもりかよ。」
「そらほまへ・・・ズズズ・・・チュルン。」
「たくっ！」

ゾロはもぐもぐと口を動かしながら、口を開こうとする。

「そりゃ、お前よ、俺が平気でいられると思うか？
　戻ってくりゃお前は事故って死にかけた後だし、
　ナミは妊娠したっつーのに、俺には何の連絡もねえ。」

連絡？てめえがしろよ・・・

「あいつ、携帯の番号も全部変えやがって、俺とろくに話そうともしねえ。
　交番のゲンさんに連れてってもらってあいつの家に行ったら、
　『今のあんたじゃ父親として役不足だから、用は無いわ』だとさ。」

それは確かにそうかも。
ナミさんがゾロに会おうとしない理由が、俺にはほんの少し判る気がした。
彼女は挫けたくないんだ。
一度夢を諦めた自分だから、一人で生きると決めた覚悟を崩されたくない。
けど、こいつはこのままじゃ納まらないだろうな。
なんたって、自分の子供がこの世に生まれてくるんだ。
勝手に一人で産むなんて言われて、黙っているわけにはいかないだろう。

「お前、どうするんだよ、これから。」
「俺だって、色々考えた。・・・だが、今の俺じゃ父親として役不足、それは本当かもしれない。」

足りてようが、足りてまいが、親は親だろうがよ。
だったら足りるだけの努力をしろよ。

「てめえ、言ってるだけでも無責任過ぎねーか？」

次第に煮え切らないこいつの態度にイラついてきた。
ゾロはこんな男だったろうか？
いつだって自分に自信を持って迷うことを知らない。
ただ自分の信じる道だけを突き進む、それが時代錯誤だろうが、偏狭だろうがお構いなしに。

「判ってる、けどな、女ってのはみんなあんな風に強気で何でも押し通しちまうもんなのか？
一度言い出したら引くことを知らねえ。」
「まあ、ナミさんはそこらへん特殊だからな。」

ナミさんは男に守られることをよしとしない女性だ。
彼女にとっての男とは、自分の庇護者ではなく、共に肩を並べて歩く者。
時に利用したり、寄り添ってみたり。
ただひたすらに女を守ろうとする俺をナミさんは選ばなかった。
ならこいつは？
ナミさんは多分ゾロの有無を言わさない強さに惹かれたんだろう。
これまで自分の周りにいなかった男として興味をひかれたんだ。
ナミさんの周りにいた男達は、みんな自分の美貌と話術になびき、思い通りにできる奴らだった。
ゾロはそんなナミさんの常識を打ち砕く初めての男だった。
こいつらは未だにお互いの位置が見えていない。
顔見知りとはいえ、間近で言葉を交わすようになって、半年とちょっと。
こみ上げる愛しさに耐え切れず、迷いながら、とまどいながら繋いだ身体。
そしてこの世に生まれる小さな命。
やっぱり何かが間違ってねーか？

「ナミの為に、産まれる子供の為に、俺は何だってやってみせる。
　なのにあいつは俺を拒絶しやがって。」
「お前がそういう単純バカだからナミさん、愛想つかしたんだろうな。」
「やっぱり、そうか。」

溜め息をつくとゾロはスープを飲み干した。
すっかり麺を食いつくし、丁寧に箸を紙の箸入れに戻す。

「もっとも俺はこれから先、あいつの傍にはいてやれねえ。」
「ああ、Ｗ大、行くんだろ？隣県だもんな。」
「ああ、第一志望の地元Ｈ大は見事に推薦が外れた。」

国体でゾロは剣道競技少年男子の部で大将を務め、前評判どおり一位になった。
ところが、このバカは試合以外の場で成年男子優勝者に、勝負を挑み、めった打ちにされた。
それが競技委員の目に止まり、地元体育会関係者の知る所となる。

「家からＷ大は通えねーからな、寮に入ることが決まってる。」
「ああ、それがいいぜ。
　下宿なんぞしようもんなら、お前道に迷って、一日も登校できねーだろうからな。」

俺の丼に残った麺も残り僅か。
こいつといつまでも話している必要はない。
ナミさんのことは当然気がかりだが、それはこいつとナミさんの問題だ。

「今の俺じゃ父親として役不足だというなら、それにふさわしい男になるまでだ。」
「フーン・・・それで。」
「だからＷ大に行く、卒業もきちんとする。
　ナミは俺が守らなくても、平気かもしれねーが、赤ん坊はそうはいかねえ。
　今はナミの言う通りにしておくが、一人前になったら必ずあいつを迎えに行く。」
「行けんの？迷わずに。」
「お前とは違う！道ならともかく女には迷わねえ！」

言ってくれんじゃねーか、クソやろう。

「そりゃ立派なお父上だぜ。
　だがな、今真っ先にナミさんの傍にいてやらないお前の姿勢には俺は賛成できねえ。
　どんな時でも全力で女を守ってやるのが、男ってもんじゃねーのか。
　てめえらがな、そうやって、自分が自分がって勝手な言い草抜かしてんのは付き合いきれねーぜ。
　親のエゴにまみれて産まれてくる子供が気の毒だ。」

俺はカウンターに箸を置き、椅子にかけてあった革ジャンをひっ掴んだ。

「サンジ・・・」
「気安く俺の名前を呼ぶんじゃねーよ、二度と俺の前にそのツラ見せんな！
　声なんかかけやがったら、瞬殺で蹴り飛ばすからな！」

ゾロは俺をじっと見た。
沈黙したまま微動だにしない。
店の主人が俺たちの喧嘩にオロオロとした態度を見せる。

「ラーメン代くらい奢れよな、俺はお前のガキに２０万くれてやったんだからな。」

吐き捨てると同時に立ち上がり、店の開き戸をでかい音を立てて開ける。
勢いで暖簾を翻したが、また大股でカウンターに舞い戻った。

「やっぱ奢りはやめだ。てめえに借りが出来るなんざ胸くそわりい！！」

ポケットからコインを出して、カウンターに投げるように叩きつけた。

「・・・すまねえ。」
「、、しゃらくせい！！」

後ろ手で力いっぱい戸を閉めた。
ビシャンときつい音が店中に響き渡る。
仮にも食い物屋で同業者なのに、店の主人に悪いことをしちまった。
全てはあの無責任バカのせいだ。
お前がどんな男になろうとも俺には関係ねえ。
大学を卒業した頃には他の男にナミさん取られて泣きを見やがれ。


勢いよく店を出て、夜の街を歩き始めた。
ラーメン屋で我慢していた煙草を早速取り出すが、イラついてうまくライターが点かねえ。

「くそっ！」

カッとなった頭と身体は深夜の外気が急激に冷やしてくれた。
冬の夜空は空気が澄んでいる。
久しぶりに見る満天の星空だ。
あの頃は夏の星座をよく三人で眺めたっけ。
やっぱり俺は一人になっちまった。
けど俺は夢の為にこの故郷をいつかは出ていく。
降るような星の下で、昨日親父が言った言葉を思い出した。


『なあ、クソジジイ、夢を追うって寂しいことかな？』
『まあな。だからこそ、俺も国を捨てた。お前はそれでも構わねーのか？』
『構わねーよ、だって俺、男だもん。』
『バカが。』

たとえ一人になっても進むしかない。

たった二人の親友をとうとう失った夜だった。


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