「you」
君が消えた海は今日も朝日を生み、夕陽を身籠る。
君が愛した子供達は波間に遊び、砂と戯れ・・・
君が消えても、海は変わらず、空も変わらず
ただ、人が流れ、時が流れて
「お兄ちゃーん！見て見て、カヤちゃんこんなに泳げるようになったわよ。」
「パパー！カヤすごいでしょう。」
見えるかい？
この数ヶ月で急に大人びてきたビビちゃんが、カヤの手を取って波打ち際で泳ぎを教えてる。
すっかり手のかからなくなったウソップは、カナヅチの親友を浜に残したまま、海に潜ったきり出てきやしねえ。
俺は煙草を吹かしながら、こうして砂の上に座り込んで、君の消えた海を見つめている。
早いもんだね、子供が大きくなるってのは。
最近急に綺麗になったビビちゃん。
彼女はカヤの面倒を本当によく見てくれるんだ。
ありがたいと思ってるよ。
悲しいけど、カヤは君のことを、ほとんど覚えちゃいねえ。
時折遊びにくるビビちゃんを姉のように、母のように慕っているんだ。
カヤが物ごごろついてから、余り寂しい想いをせずにすんでるのは、他でもねえ、
ビビちゃんとウソップのお陰なんだぜ。
ああ、俺の横で砂遊びしてる食い意地魔人も多少役にたってるな。
だから、君は心配することなんかないんだ。
それでもいずれは母親が必要？
まあ、そうかもしれないね、そのうち考えるさ。
君ほどのいい女はなかなかいねェからな。
ビビちゃんの手をしっかりと握り、足をバタつかせる君のいとし子。
君の残した一粒種の必死の表情につい、心臓がどきりと跳ね上がる。
「ビビちゃん、カヤは恐がり屋だから、ほどほどにしといてくれよー。」
どうしても心配が先にたっちまう。
我ながら情けねえ父親だぜ。これだからいつもビビちゃんに過保護って言われんだよな。
ねえ、君と初めて会ったのもこんな海だったよな。
こことは違う、東京近郊の海。
俺は何となく仕事に行き詰って、海を見ながら煙草吹かしてた。
君は彼氏と遊びに来てたんだよな。
一人で泳いでいた君はいきなりの高波に飲まれちまった。
浜で他の仲間とビーチバレーしてた君の彼氏は君が溺れたことなんかてんで気づかない。
これだから海を知らねー都会もんは困ったもんだよ。
海をナメると痛い目見るぜ。
女の子が溺れかけてる。
君の姿が目に入った俺はすぐさま海に飛び込んだよ。
俺、レディは死んでも助ける主義だもん。
波を掻き分けて見つけ出した君は力を失って、海底に沈もうとしていたね。
俺、もう必死だったぜ。何とか君に追いついて、海面に引き上げた。
初めて正面から覗きこんだ、君の青い顔。
その時思ったもんさ、こんな美人絶対に死なせねえって。
人口呼吸を施しながら、唇の感触に理性がぶっ飛びそうだったって言ったら、君、怒る？
そりゃ、確かに夢中だったさ。
君の呼吸を取り戻すのも。
黒いビキニが僅かに覆った身体にも。
辺りに救急車のサイレンが鳴り響き、君の傍にタンカが運ばれてきたね。
その時君は息を吹き返し、だるそうに目を開けた。
君は小さな声で言ったんだ。『・・・あ、りが、とう。』
あれきり会うことはないと思っていたのに、俺たちの再会はすぐに果たされた。
それは生涯最大の奇跡。
君は俺のレストランに仕事でやってきて、そして言ったね。
『あの時は本当にありがとう、命を助けて頂いて。』
『とんでもない、当然のことですよ。でも彼氏がいたのに余計な事しちゃったね。』
『いいの、あんな人。おろおろするだけだったわ・・・あのあと別れたの。』
俺の頭に走った電流のような直感、俺は自分の運命を海から引き上げたんだ。
俺たちが一緒に住み始めたのはそれから２ヶ月もしなかった。
長い同棲生活、短い結婚生活。
ねえ、君は本当に幸せだったかい？
「うおーい！カヤー、ウソップ様の本日の大収穫！！」
「見せて見せてーウソお兄ちゃん。」
ウソップが手にした銛を高々と上げて、浜に戻ってきた。
やれやれ、あいついい気になりやがって。
「すっげえ、ウソップ！タコの子じゃねーか！」
「かわいそうだわ、そんな小さなタコさん。」
「何を言う！実はこの子タコはなあ、この海に住まうという、
伝説の大タコ！クラーケンの子供の子供の子供の子供に子供にあたるという
偉大な血筋正しきタコなのだー！」
また始った、聞いてらんねえ。
自分がいかにしてこの大タコと闘ってどうしたとか、子タコをゲットするのに死にそうな目に合ったとか。
ビビちゃんも呆れてるぜ。
でもルフィとカヤは歓声を上げながら、聞き入ってる。やれやれ。
「放してあげればいいのに、ねえ？お兄ちゃん。」
「そうだな、あれじゃ食材にもならねえよ。」
ビビちゃんが呆れ顔で俺の横にちょこんと座る。
繊細な陶器のようなその横顔。
その不思議な存在感。
年よりも大人びて見えるビビちゃんは、出会ったばかりの頃の君と同じ目をする。
ビビちゃんは澄んだ大きな瞳でまっすぐに俺を見つめる。
その度に苦い感情が胸に宿って、俺を苦しくさせることを彼女は知ってるんだろうか。
大きな瞳にほとばしる淡い想い。
それはいつか、俺の腕に抱かれながら君が言った言葉を思い出させる。
『大好きよ、サンジさん、・・・もっと私を愛して。』
俺はこれ以上ないほど、君を愛していたのに。
君は一人でいってしまったね。
今、目の前に広がる蒼い海。
俺を育てたこの海を君も愛してくれたね。
君はこの海で人が死ぬのが我慢ならなかったんだ。
二人が永遠の愛を誓った俺の故郷のこの海で。
男の愛を失い、生きる希望を無くした女性を君はここで見つけちまった。
言っただろ、溺れた人間を助けるにはその倍以上の力がいるって。
でも君は見過ごすとか、人を呼ぶとかできない性格なんだよな。
考えるより先に人に尽くそうとする。
最後の見送りの日、君の兄という人に『こんな海辺で暮らさなければ、死ぬことはなかったんだ。』
そう言われて返す言葉が無かったよ。
「ねえ、ねえ、お兄ちゃん・・・どうかしたの？」
ビビちゃんは物思いに浸っていた、俺の表情を覗き込む。
「・・・何でもねえよ、・・・ほらもうひと泳ぎしてくれば？」
「うん、そうする。」
ビビちゃんがカヤの手を引いてまた海に戻っていく。
『行っちゃだめだ。』俺の意識がそう叫ぶ。
ビビちゃんは君じゃないってのに。君はもうどこにも行きゃしないってのに。
「ビビって、かわいいよな。」
砂山を作るのに飽きたルフィが横でぼやく。
「そうだな、かわいくなったな。」
こいつ、女の子を見る目はあるらしい。いっぱしにあなどれねーじゃん。
「あいつ、そろそろビキニとか着ねーかな？・・・・ガベっ！」
ダチの子供に一発、踵落とし。
「いってーぞ、サンジ、今舌噛んだぞ！」
「もっと噛め。」
「別に裸が見てーとか言ったわけじゃねーぞ。」
「見てーだろ。」
「うん、見てー！！・・・ウゴっ！」
ダチの子供に踵落とし、二発目。
「そりゃまあ、中１っていや頭ん中エロエロだもんな、気持ちは判らんでもねーが。」
「そうだ！判ってくれ。」
「けど、お前ビビちゃんの前で言うなよ、”見せろ”とかって。」
「ん？だめか？」
「・・・・ったりめーだ！！」
ダチの子供には踵落としがいくらあっても足りねーよ。
な、困った奴だろ？こいつ。
「サンジ、俺な、ビビのこと好きだぞ。」
「・・・そっか。」
「けどな、きっとウソップもビビのこと好きなんだよな。」
「そうかもな。」
「・・・・。」
なあ、君、歴史は繰り返すってよく言ったもんだと思わねえ？
「パーパー！」
ビビちゃんと手をつなぎ、小さなカヤが波打ち際から俺に手を振る。
俺の目に映ってるのは、ビビちゃんとカヤ？君とカヤ？
何だかよく判らなくて眩暈がしてくるよ。
もう少しカヤが大きくなったら、君のことをよく話してやろうと思うんだ。
君が自殺しようとした女性を助けて、この海に消えてしまったことも。
女性は助かって今も元気に暮らしていることも。
君はこの海にいつもいる。
いつも俺たちと一緒にいるんだね。
だって俺は誓ったんだもんな、永遠に君を愛し続けると。
白い波が絶え間なく寄せ来るように、
マリンブルーの水が優しくこの地を満たすように。
そんな風に君を愛し続ける。
だから君はいつでもここにいる。
「お兄ちゃーん、ルフィさん、こっちおいでよー！」
「パパー早くー。」
眩しい太陽に水を弾く身体。
細い足下で砕ける白波。
潮風になびく長い髪。
まっすぐに俺に向けられる無上の笑顔。
ねえ、俺はちゃんと君を愛せてた？
教えてくれよ、そこで笑ってばかりいないでさ。
fin
謎のお嫁さんにまつわるお話です。
相変わらず謎ですが、我ら３名は愛すべきキャラであれと願っています。
不幸な事故で亡くなった彼女ですが、残したものは大きいのです。
愛した妻にサンジ兄ちゃんは問いかけます、「ねえ、俺はちゃんと君を愛せてた？」
その答えは・・・「ずっと晴れ」
|