海賊ごっこ

海賊ごっこ

「さいしょはぐー！じゃんけんぽーん！」

広い家の長い廊下で二人の子供の声が元気よく響いた。

「ちぇー！またおれのまけだ。」
「へっへっへ～おまえけんかつよいのにじゃんけんはよわいよなあ。」
「しかたねー、・・・ウソップ船長！きょうはどこのお宝をねらうでありますか！？」

右目の下に傷のある少年が鼻の長い少年にわざとらしく敬礼した。

「よし！今日はこの秘密のやかたをてっていてきにしらべるぞ！このやかたのどこかにかならずお宝がかくされている！」

ウソップは腰にさしていたおもちゃの短剣をふりかざした。

「いくぞ！ウソップ海賊団におそれるものは何もない！ルフィ、おれさまにつづけ！」
「おう！」

ドダダダダ・・・・

二人分の子供の足音が廊下に響いた。
この家は庭を隔てた敷地でレストランを営んでいるので、子供の世話をする大人の姿はほとんど見かけない。
しかし何か事があれば、子供達は庭を通り抜け、大人を呼ぶこともできたし、思いっきり大声を出せば、気付いてもらうこともできた。
この二人はどちらもこの家の子供ではない。
この家はウソップの母の実家だ。母親は忙しい実家の店を手伝うためにウソップを連れて里帰りしているのだ。
母がこの家に戻るとき、大概が大きな予約が入っていて、自分の相手などしてもらえない。
つまらないのでウソップは友達のルフィを誘い、この家の大探険を敢行することに決めたのだった。
よく磨かれた廊下をゆっくりと二人連れ立って歩いていく。抜き足差し足・・・

「ミチのせかいへのチョウセンだ。ルフィ！恐れるなあ。」
「別に恐くねーよ。」
「うるさーい！ここはナゾのキョウフのやかたなのだ！お、かいぶつを封じ込めた部屋がみえてきたぞ。」
「かいぶつですか？船長！」

二人は奥まった和室の前で歩みを止めた。

「せ、船長！どうしましょう。」
「ルフィ、ここは俺に任せろ。」

ウソップはふすまをわずかに２センチだけ開けて中を覗き見た。

「やや！あれに見えるは！」
「ウソップ船長、何がいたんですか？」
「おそろしい・・・おれたちはおそろしいものにであってしまった・・・」
「船長！」
「しー・・・しずかにしろ。きづかれたら俺達はいっしゅんで食べられてしまう。」

二人はぴったりと身体を寄せ合った。
胸がどきどきする。でもわくわくもする。いてもたってもいられない気持ちだ。

「こ、この部屋にいるのはな、でんせつのかいぶつ・・・」
「でんせつのかいぶつ？」
「そう、あれは・・・・ヨサゲゴンだ！」
「な、なんと～！」

伝説の怪物ヨサゲゴン、それは今世紀最大の凶悪怪獣なのだそうだ。（ウソップ船長談）
二つのヨサ毛からヨサ毛ビームを発射し、そのバカでかい帽子には強力な武器が入っているという。

「必殺技は料理長義足キックと料理長ドロップ。これはすごいわざだぞ。」
「そんな、すごいかいぶつなんですか、船長！」
「そうだ、このかいぶつにはだれもかなわないんだ。クソコック１号も２号もみんなやられてる。」
「このかいぶつはむてきなのか。たちむかえるものはひとりもいないのか、船長！」
「しッ！」

ウソップはルフィの頭を押さえつけてその場に屈みこんだ。

「ひとりだけいる。このかいぶつにたちむかえるゆうしゃは・・・サンジマンだ！」
「サンジマン？そいつはいったいどこにいるんだ？船長！」
「静かにしろ、ルフィ。サンジマンは今ここにはいない。トオキョオでしゅぎょおしてるんだ。」

二人は乱れる呼吸を懸命に整えようとした。
気配を悟られてはいけない。ヨサゲゴンは人間が大好物だ。

「せ、船長！おれがヨサゲゴンをやっつけてきます！」

ルフィは立ち上がった。

「おまえはなんてゆうきがあるなかまなんだ。よし行け！」
「フン！」

鼻息を噴出し、ルフィは拳を握り締めた。伝説の怪物に立ち向かうにはそれなりの気合が必要だ。

「よおし！行くぞおー！」

ルフィはふすまに手をかけようとした。そのときすらりとふすまが開き、伝説の怪物がもの凄い形相で立っていた。

「でーたー！ヨサゲゴンだー！」

ウソップは腰を抜かし、その場にへたりこむ。
立ち向かうのはルフィだ。

「ヨサゲゴン！おれが相手だ。」

ボカッ！

「・・・・誰がヨサゲゴンだ！俺が部屋で新作を考えてるときは騒がしくすんじゃねーっつってんだろう！あっちで遊べ、クソガキ共！」
「いてーよう・・・これが必殺技義足キックかあ。」
「うわー！ルフィ、ここは退却だー！」
「はい、船長！」

ドダダダダ・・・・二人の子供の足音がまたもや廊下に響く。

フンと鼻をならしてヨサゲゴンは封じ込められていた部屋に戻っていった。

「ハーハー・・・なんとおそろしいかいぶつなんだ。」
「せ、船長！」
「ルフィ、お前はよくたたかった。このことをウソップ船長こうかいにっしにきろくしよう。」
「船長、ありがとうございます。」

「よし！つぎはこのがけを登るぞ！」
「はい、船長。」

タンタンタン・・・

「・・・・ルフィ、そんなにスタスタ登るなよ。けわしい崖なんだぞ。」

軽快に階段を上がるルフィを見上げてウソップは文句を言った。

「だってよ、ただの階段をどうやってけわしく登るんだよ。」

ウソップは四肢の全てを使い、断崖絶壁を命がけでよじ登っている。
見えない命綱を腰にゆわえ、それを頼りに崖を登っていた。

「船長ー！はやくきてください！また秘密の部屋がありました。」

先に階段を上がったルフィが声をはりあげた。
ウソップはやっとのことで険しい断崖絶壁を登りつめた。
ルフィが部屋の扉の前でウソップを呼んでいる。

「おお！ついに見つけたぞ。宝のかくされたひみつの部屋だ。」

ウソップはズボンに挟み込んでいた、自作の宝の地図を取り出してさっと広げた。
二人で地図を覗き込む。

「ふーむ、やはりここは宝の隠し場所にちがいない！ここにはばくだいなおうごんがねむっているのだ。」
「船長！ついに見つけましたね！」
「よし！のりこむぞ！」

二人は「おりゃー！」とか「ゴムゴムのー！」とか奇声を上げて部屋に突入した。

「ん？なんだこりゃ？」

ルフィが部屋の中を眺め回し、おかしな顔をした。
よその家の子であるルフィにとって、この部屋は不思議な空間だった。
きれいに片付けれ、人が住んでいるような気がしない。
その部屋は自分の家と違ってとても広くて大きいし、カーテンも破れていなければガラスにガムテープも貼っていない。
大きな本棚には見たこともない、料理の本がずらりと並んでいて重い雰囲気を醸し出している。
余り整理が行き届いていない棚が一列あった。
それはルフィも自宅でよく見かける、船舶や航海に関する本だった。
得体の知れないーそれがルフィのこの部屋に対する印象だった。冒険にはもってこいだ。

「船長、この部屋はいったいどんなひみつがかくされているんだ？」
「ルフィ、教えてやろう。この部屋はな。ヨサゲゴンにたちむかうゆうしゃ、サンジマンのかくれきちなのだ。」
「そうか、・・・ではここにはヨサゲゴンからとりもどしたおうごんがかくされているのですね！」
「そうだ！さあ、ここでおうごんをみつけだそう。探せウソップ海賊だーん！」
「おう！」

得体の知れない場所は楽しい。初めて見る物がたくさん置いてある場所はなお楽しい。
そして大人が普段入ってはいけないという場所はもうとてつなくわくわくする場所だったりする。
二人はその部屋で黄金を探す為、机の中、本棚の隙間次々と開け放ち、お宝探しに夢中になった。

「よし！ここは秘密の扉だ！」

ウソップはクローゼットを開いた。

「なんでえ、つまんねーの。黒い服ばっか・・・」

ウソップは口を尖らせてクローゼットを閉じた。変身グッズでもあればよかったのだが。

「せんちょーう！たいへんなものを見つけました！」

ルフィが拳を振り上げて走り寄ってきた。

「何だ！ルフィ？」
「船長、こ、これは秘密の暗号です。」
「よし、見せろ。」

ウソップはルフィから小さな紙切れをむしり取った。

「お、お、おでんわ・・・おまちしてるわ・・・えーとえーと・・・くらぶももこ・・・なんだこりゃ？」
「船長！ここにもあった。えーっとえーっと・・めくるめく・・・漢字だな。なんとかのはっぴーたいむをあなたに。」
「うーむ・・・」
「船長！これは！？」
「こ、これはおうごんのありかをしめした暗号だ！」
「うおー！」

二人はとたんに色めきたった。お宝探しにスパートがかかる。
暗号は次々に見つかった。代わり映えしない紙切れに飽きがきて、それからは見つけてもそのまま床にばらまいておいた。
ウソップはベッドの下に潜り込み、顔を突っ込んだまま大声を出した。

「見つけたぞーおうごんだー！ひとつなぎのだいひほうを俺たちはついにみつけたのだー！！」
「なんだ、なんだ。」

ルフィがにじり寄っていくと、ウソップはベッド下からお宝を取り出して自信満々の笑みを浮かべた。

「これのどこがおうごんなんだよ？ただの本じゃねーか。」

ルフィは興ざめしたようだ。

「見ろ！ルフィ！おうごん・・・」

ウソップは本を勢いよくバンと開く。

「・・・の毛。」

「うわあ！なんだこれ！はだかの女ばっかじゃねーか。」
「だから！お宝だっつってんだろ。いや、このおんなたちはヨサゲゴンにつかまってとじこめられていたのだ。
見ろ、こっちのは鎖に巻かれているぞ。」
「じゃあ、この写真はサンジマンがすくいだしたおんなたちなのか・・・うーんすごい、さすがサンジマンだ。こんなにたくさん。」

お宝の山に囲まれて二人はしばし鑑賞に浸りこんだ。
苦しい冒険の末手に入れたお宝はウソップ海賊団の戦利品だからだ。

「せ、船長。これで黄金は手に入ったし、俺たちはしょうしんしょうめいの海賊王だな。」

なぜか息が切れがちなルフィ。

「そ、そうだな。お、俺達はほんものの海賊だ・・・ウックン。」

なぜか生唾を飲み込むウソップ。

「なーにしてんの？海賊ごっこ？私も入ーれーて。」

ポニーテールのかわいい女の子が部屋の入り口に立っていた。

「ビ、ビビ！」

ルフィは咄嗟の本能で、お宝の山を自分達の背後に隠した。
ウソップは動揺しながらもその場を取り繕おうと懸命になる。

「こ、これはとなりの国の王女ビビ姫！ご無事でしたか。」
「何隠してんの？ここお兄ちゃんの部屋でしょ。」
「いや、ここに入ってはいけない！ヨサゲゴンに見つかってしまう。」

ルフィとウソップはお宝を背中に隠したまま、ずりずりと後ずさりした。

「仲間はずれはやーよ。お宝なら私にも見せて。」

ビビは二人の背後に回り込み、二人が鑑賞中のお宝を見出した。
一目見るなり真っ赤になって表情が強張る。

「・・・ん？何これ！二人ともエッチ！」

怒り心頭に達したビビはそこらにある物という物を全て二人に投げつけた。もちろんお宝も例外なく。
ヨサゲゴンの魔の手から救い出された女性達が、その美しい肢体を晒しつつ華麗に宙を舞う。

「よせ！ビビ！だからこれはぜんぶサンジにいちゃんのだな。」
「いや！聞きたくない！ウソップもルフィさんも大っきらい！！」

瞳にうっすらと涙を滲ませながらとなりの国の王女ビビ姫は、
ヨサゲゴンに立ち向かうゆうしゃサンジマンの隠れ基地を見事に破壊していった。

「なあ、キー姉、ビビちゃん、なんか変わったことあったか？」

休みを利用して東京からバラティエのヘルプにやってきたサンジは、ウソップの母である自分の姉に尋ねた。

「ビビちゃんがどうかしたのかい？」
「さっき会ったんだけどよ、俺と一言も口きいてくんねーんだよ。何かあったのかと思ってさ。」
「そうねえ。特に変わったこともないと思うけど。あの子も母親がいなくて難しい年頃だからねえ。私達が気をつけてあげなくちゃ。」
「そうだよな、義兄さんも仕事が忙しくてろくにかまってやれねーもんなあ。」

サンジは姉の淹れてくれたコーヒーを一口啜った。

やがて自分の部屋に戻ったサンジマンは隣国の王女ビビ姫の
力一杯の報復を目の当たりにするのだった。

Fin

閑話休題です。
「とびっきりのプレゼント」の少し前のお話。
番外編とでも思って下され・・・